ポーのひとりごと

双極Ⅱ型で生きるのだ!

双極Ⅱ型ブログ

きみをほんとにダイスキだよ 何度言っても言いたりない

先週と今と、一体何が違うかというと

なかなか上手くは説明できないのだけど

明らかにもう”躁”じゃない。

残念(*´^`)

 

 

どうも、ポーです。

 

常に何かに急かされてるような

どこからともなく湧いてくる焦燥感はなくなった。

と思う。

次にする事を考えられるようになった。

前は考える間もなく、今していることが終わる前に

次に取り掛かってしまうような感じ。

頭の中が言葉でいっぱいだったけど

今は落ち着いて思い浮かべて並べる感じ。

今日できない事は明日でもいっかー。と思える。

 

今回はイライラはなかったのでこれは同じ。

明らかに財布の紐がゆるくなって

欲しいと思ったモノはすぐにポチってしまってたけど

これも無くなって

必要かどうか、ちゃんと考えられるし

なるべく無駄遣いしないように気をつけられる。

 

などなどなど。

細かな事象には説明できるのだけど

全体的に見て、何が違うのか?と問われても

外から見る分にはちょっとわからないと思う。

 

代わりに

ウツが来そう、ウツの入口だぁ~と

自覚できる部分もある。

簡単な事。

ネガティブな事を考えるようになった。

昔の事を思い出す。

病気に対する根幹について考える。

病気を抱えたままでの今後を考える。

足元より遠くを見るようになった。と言えばいいのかな?

自分でわかる。

これ、ウツが来る(ノД`ll)

 

 

だからと言って得に何もできることもない。

いつもと同じに薬を飲んで

いつもと同じ生活を心がけるくらいだ。

体は動くし、得に困った症状も今の所ない。

耳の違和感、聴覚過敏についても

専業主婦となって、お散歩以外にどこにも行かない日々の中では

それほど困りはしない。

 

ただどうしても考えてしまう。

掃除やご飯を作る家事の時とか

手を動かしてても

頭のどっかでいつも考えてる。

頭がでっかちになってる。

 

何を考えているかについて

残念ながら、ここにも書けない。

人は誰でも人に言えない事はあると思うし

人によって自分の内面や過去について

公表できる範囲はまちまちだけど

私は自分の黒い歴史が恥ずかしすぎて

どうしてもどうしても言えない。

 

私は私が恥ずかしい。

私の過去が恥ずかしい。

恥ずかしい過去を生きてきた事が恥ずかしい。

こんな自分が生きているのが恥ずかしい。

今辛い事が何もないのに

恥ずかしい過去に縛られて病気でいるのが恥ずかしい。

恥ずかしいという気持ちを

押し隠して生きてることが恥ずかしい。

 

この、どうしても言えない恥ずかしさが

自分の病気と深く関係してる事はわかってる。

だけど、この先カウンセラーさんにも

言えるかどうか自信がない。

語る勇気があるかわからない。

 

簡単に言うと

私には罪を犯したと捉えてる過去があって

それが病気にとても関わっている。

別に法律に触れる事じゃないし

あくまでも自分の中での捉え方の話なんだけど。

もちろん殺人とか違法薬物とかではないし

風俗で働いていたとかでもないのだけど。

あ、風俗で働くのが恥ずかしいとも思ってませんよ!

 

 

まぁ、とにかく私には「悪い事をした」という

どうしても拭い去れない事があって

これについて考える時

私は頭がこんがらがってくる。

 

罪が辛いから病んだのか?

病んでいるから罪を犯したのか?

 

過去が辛いから病んだのか?

病んでいるからいつまでも過去が辛いのか?

 

自分の生き方の選択しだいでは、病まずにいられたのか?

病んでしまったから選んだ道なのか?

 

一体どっちが先なのかわからなくなってくる。

卵が先か?鶏が先か?

みたいな感じ。

 

全てをこの”双極性障害”という病気のせいにできるのなら

私は楽になるのかな?

そんな事をグルグルといつまでも考えてしまうわけで。

多分私は誰かにそう言って貰いたいんだろうと思う。

そうして楽になりたいんだろうけど

本当に楽になれるかどうかわからない。

 

そして例えば誰かに

「それは全部病気のせいだよ」と言われたとして

じゃあ全部を病気のせいにしてもいいのか?

という気もする。

それはやっぱりどうしてもずるい気がする。

 

だったらどーすりゃいいのさ!

ってことになるじゃん。

 

同じところをグルグル回っているばかりで嫌になる。

 

そしてそれを誰にも言えない。

誰にも言えない事を抱えて生きるのは

健常であっても、結構キツイと思う(((uдu*)

 

 

 

 

 

タイトル

谷山浩子 : 海の時間

きみをほんとにダイスキだよ
何度言っても言いたりない

 

 

私は毎日子供達に

「大好きだよ」と30回くらいは言ってる(*`ロ´ノ)ノ

 

イヌやネコ相手にバカみたい、と思われるだろうけど本当の事だ。

言わずにいられないのも本当だけど

私は自分がそう言ってもらいたかった。

一回でもいいから

親に大好きだと言ってもらいたかった。

 

大人になったから、理屈として

親が子供を嫌いなわけない、とか

どんな親だって子供を愛している、とか

わかってるのだけど

そーゆうんじゃなくて

ただ、大好きだと言ってもらいたかっただけ。

 

だからというわけじゃないけど

私は何回でも浴びるように

この子達へ言い続ける。

イヌやネコのカタチをした私の子供達。

毎日毎日、繰り返し伝え続ける。

 これは全然、恥ずかしくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

深い深い森の奥に今もきっと 置き去りにした心隠してるよ

月に1度

オーちゃんの動物病院へ行く

爪切りや健康チェックをしてもらう為。

今月の体重は7.4kg

キャバリアの平均的な体重だと思うけど

抱っこしてお散歩するにはちと重い(;´Д`)

そして私としたことが、病院の診察券を紛失してしまった!

なんてことだ。

私は物を失くすという事が大嫌いだ。

本当にショック∑(O_O;)

 

 

 

(o'ω')ノ ポーです。

昨日、区役所へ行った。

自立支援の更新と障害者手帳申請の為。

バスに乗ってる時からなんか不調だった。

パニックの頓服を飲むほどではなかったので

着いてそのまま区役所まで歩いた。

区役所の障害者窓口で1時間くらい待たされた。

 

意味不明な事を大声で話してるオッサンをはじめとする

たくさんの人達の話し声が全部いっぺんに耳に入ってきて

しかも1人は凄い悪臭を撒き散らしてて

どんどん頭がクルクルしてきた。

障害者窓口でわけわからん事をまくしたてるオッサンを見ながら

だんだん胸がざわざわしてくる。

”あの人と私はおんなじ”

そんな考えが頭を支配し始める。

そんな事ないってのは知ってる。

でも1回スイッチが入ってしまうとダメだった。

雪崩のようなよくない思考に飲み込まれる。

吐き気がしてきた。

 

やっと臭いオッサンが帰って自分の順番になって

持ってきた診断書や他のものをカウンターに並べて

必要書類にサインしたりする時

私は必要以上にへりくだった態度になってた。

言葉遣いもおかしいくらい丁寧になってた。

そして勝手に悲しくなってしまった。

 

もう何回もしてるこの一連の行為は

これからも多分ずうっと繰り返される。

一生、かどうかはわからないけど、まだ当分は続く。

だいたい「障害者用窓口」ってのがブルーを呼んでくるよね。

本当に憂鬱な響きじゃん!

 

躁とかウツとか、あんま関係なく

私は昔からこーゆうところがある。

簡単に言うと、バカみたいに悲観的なんだな。

昨日はちょっとヤバかった。

夫にLINEで泣きついて、タクシーで帰宅して

頓服飲んで少し寝たらだいぶ良くなったけど。

いきなりドボンと底まで落ちちゃったかと焦った(≧w≦;)

 

でも自分の中を覗いてよーく考えてみれば

兆候とか、いくつかの原因にちゃんと思い当たる。

 

ずっと軽躁状態で、休みなくいろんな事してて

そんな中でtwitterとかブログとか

ネット上のたくさんの人の思考や状況を目にしっぱなしで

私のあまり性能の良くない脳みそはキャパオーバーだったと思う。

パンクとまではいかないけど

明らかに負荷がかかっててメモリも不足してる状態。

で、リアルにちょっとストレスがかかったので簡単にエラーを出した。

これじゃ自業自得だ。

身から出た錆だ(-ω-`;。)

 

そもそも私は他人に対して簡単に同調してしまう傾向がある。

いまのところ、リアル生活では

他人との接触がほぼないので忘れがちだけど

すぐに共感というか共鳴してしまう質なんだよな。

これは別に「他人の気持ちがわかる」とか

間違っても「優しい」とかじゃない。

単に薄っぺらいだけだと思ってる。

自覚があるのだから気を付ければいいのに

ネットの世界だからか油断してた。

 

ちょうど、夫にも言われてたところだ。

自分の過去というか、経験と似てたり、症状が似てたりすると

すぐに「あぁ、やだ、わかるぅ~(˚ ˃̣̣̥ω˂̣̣̥ )」となってしまって

胸がぎゅぅんと痛くなってしまって

半べで読んで、コメント打ったりしてるから

「そんなに入れ込まないように」

「知らない人だということを忘れないように」

夫に言われたばっかりだった。

 

言われた時は

「知らない人じゃないもん」とムッとしたけど

夫の言う意味はわかるし、多分正しい。

私の踏み込むべき所じゃない部分だってある。

私は人との距離の取り方がわからないから

適正な判断ができなかったりするのだと思う。

夫のように冷静にドライにはなれないと思うけど

気を付けないと、本末転倒だ。

 

前から徘徊してるブログの中には

もう何年も付き合いのある人もいるけど

純粋に「友人」かと言われると、ちょっと微妙だ。

私が勝手にそーいった親しみを持っていても

相手がどう感じてるかはわからないもんね。

twitterはもっと危険だ。

なにしろ大体みんな同病者、精神疾患の人達だ。

そーゆう垢を作って

そーゆう人だけをフォローしてるのだから当然だ。

その中では、薬の話だってネガティブなつぶやきだって

遠慮なく安心してできる。

だけど、全員が全員、自分と同じと思ってはいけない。

 

いや、同じとは思ってないけどさ。

難しいね( ˘•ω•˘ ).。oஇ

 

 

 

 

タイトル

Do Az infinity : 深い森

深い深い森の奥に今もきっと
置き去りにした心隠してるよ

 

 

どんなに元気そうに見える人にだって闇はある。

じゃあ、逆も、もしかしたら、ひょとしたらあるのかもしれない。

全然考えてなかったけど

それくらいの気持ちでいた方がいいのかもしれない。

自分で自分を守る事も必要なのかもしれない。

第一、いくら私が胸を痛めたところで

それは私の苦しみではなく、その人の苦しみだ。

そしてもちろん、その苦しみが消えるわけじゃない。

私なんかがPCの前で胸が痛いなんて

大変に失礼なのかもしれないもんね。

 

でもやっぱり

そう思う事は悲しいけどー

そうは思えないかもしれないけどー˚‧º·(˚ ˃̣̣̥⌓˂̣̣̥ )‧º·˚

 

 

 

 

 

 

 

 

祈りを捧げなよ 一つでいいよ 自分の幸せを 願えばいいよ

大寒波。

各地が大雪だそうですが、横浜は晴れてます。

 

 

ポーです。

何年も使ってたHNを変えて、ポーを名乗り始めて1ヶ月くらい経った。

やっと少し「ポー」に慣れてきたよ。

 

晴れてるけどむっちゃくちゃ寒い。

エアコンの温度ちょっと上げて

風速も強くしてるけど

足元、床が寒い!

ソファーのある暮らしがしたい!

 

ネイルにも行きたいのだけど

無職の身になってしまったので

ちょっと気が引ける金額だ。

こーゆうの気にならない世間の奥様方が羨ましい。

私はどうしても気になる。

必要ではないもの、趣味や娯楽に使うお金が

自分ではなくて夫の頑張ったお給料から出るのが

申し訳なくてしかたない。

後ろめたい。

やっぱりお小遣い程度の収入は欲しいかなぁ?

 

ま、いいや。

 

空気がキンッとするくらい寒いけど

おひさまは眩しい。

お散歩も楽しい。

オーちゃんは嬉しい。

そんな毎日。

 

ずっと、追い立てられるように行動していたのが

だんだん収まってきて

退屈だったり眠かったりしてる。

夜もちゃんと眠れて中途覚醒もない。

落ちてるって事もないので

この今の状態がノーマル?って事かしら?

 

 

twitterやネット上にはいろんな人がいるので

現在の状況も様々だ。

やはり眠れない人が多い。

希死念慮というか

単純に「死にたい」って人もたくさんいる。

かける言葉もない人がいっぱいいて

胸が痛い。

 

その絶望感や不安ややるせなさは

手に取るようにわかるのだけど

「わかる」と気安く言えない事も知ってる。

渦中にいる時は

安易な共感の言葉はイラっとする時あるもんね。

私は気の効いた事も言えないので

本当にもどかしいけれども

せめて、今の状態が

永遠に続くわけではないことだけでも伝えたい。

だけどそれすらも言えない、言葉が見つからない時もある。

なんて役たたずだろう。

 

私はとても救われているのに

たくさんのものをいただいているのに。

何もお返しできないなんて。

 

ネガティブなツイートや記事を見るたびに

私ならこんな時どんな言葉が嬉しいだろう?

と考えるけど

自分を基準に考えてもダメな気もして

やっぱり何も言えなくなる。

 

ただ、こうは思ってる。

声を発してる人は、聞いて欲しいのであって

「私はね…」という

人の体験談を聞かされたいわけじゃないんじゃないかな?

だからそれはしないようにしてる。

自分のして欲しくない事はしない。

せめてこれくらいなら私にもできる。

これくらいしかできない。

 

私はそもそも

人との距離の取り方というのがわからないので

どのくらいまで踏み込んでいいのか

どの当たりまでなら「親しみ」と捉えられ

どこら辺からが「わかったような口」「馴れ馴れしい奴」

になるのか、その見極めが大変悩ましい。

 

それもこれも結局は

嫌われたくない、という自己防衛から来てるのかもしれない。

やっぱり私は自己中な人間なんだろうな。

最後にはココにたどり着くので

本当に自己嫌悪というか、自分が嫌になる。

 

ま、いいや。

私はこんな人間です。

それも仕方がない。

そう思うことも必要なんだろう。

 

こうして緩やかに軽躁状態が終わりを迎えたのなら

次に来るのは、当然ウツなわけで。

そうなったらもうきっと

他人の事なんて気に病んでいられなくなる。

きっと今以上に

自分の事しか考えられなくなる。

ウツはただでさえ、辛くて悲しい。

自分の事しか見えなくなるのは更に悲しい。

できればいつも視野を広く持てる人になりたい。

でもそれはとても難しい。

 

 

 

 

タイトル

中島美嘉 : 一色

祈りを捧げなよ 一つでいいよ
自分の幸せを 願えばいいよ

 

 

私は欲張りなんだろうと思う。

辛い時の自分と重なる誰かを見ると

すぐに祈る気持ちになる。

自分の痛さを取り除くすべもわかっていないくせに

誰かの痛みを軽くなんてできるはずないのに。

 

心にポッと暖かい灯を灯すような

そんな言葉を心から

自然に口に出せるような人になるには

どうしたらいいんでしょう。

思わず口にした言葉で

人を傷つけてしまわないようにするには

どうしたらいいんでしょう。

 

そもそも自分が目指す人の姿の

明確なカタチも

実は未だにわかっていない

そんな体たらくだったりするんだけどね。

 

 

禁煙チャレンジ中です。

何度目だwww

( -'д-)y-~

 

 

 

TVも冷蔵庫も新聞もこないかわりに門限もないわ 自由ってこんなものね

想定内の事だったのに

思ってた以上にショックだったなぁ。

 

どうも、ポーです。

事実上、バイト先を首になった。

約4年、勤めたバイト先。

実に、残念でアル…(*´^`)

 

だけどホッとしている部分もアール(*`艸´)

これで私は完全専業主婦だ!

夢の、専業主婦!

 

もともと家の中でする事はだいたい好きなので

家事だって、ある意味「趣味」と言っていい。

だから、今の私の24時間は

誰にも何にも拘束されることなく

全て私のものだ。

FREEDOM!

いや、LIBERTY!

 

その自由を一体何に使ってるのかというと

ここ数日は家事の合間に

twitterのTLを追うことばかりしていたように思う。

 

年末年始でフォロワー様が増えた。

増えたといっても、本当にささやかなのだけど

TLに流れてくるのを

全部読んで、リアクションするには

いささか負担になる数なんだな。

 

全部読みたい、リプしたい、というのは

誰かに強制されたわけでもないし

別にそうゆう空気があるわけでもない。

私が勝手にそうしたかったのだ。

 

例えSNS上であっても

せっかくお知り合いになって

仲良くしていただいているのだから

きちんと向き合った付き合いがしたいと思ってる。

 

こんな風に言うと

なんだかいい人ぶってるみたいだな。

要するに「絡みたがり」なだけだ。

 

ツイキャスも楽しいと思う。

全く知らない人の枠を覗きに行く勇気はないけど

慣れたらそれも楽しいかも。

 

だけどそれもこれも

自分である程度コントロールできなくちゃね。

「デジタルデトックス

という言葉を聞いた。

ネット依存から脱却するために

少し距離を置こうというようなものらしい。

 

私はtwitterやキャスの他に

こうして自分のブログも書いてるし

クラウドソーシングでの

ライティング用記事なんかも書いている。

スマホ依存ではなくても

立派すぎるPCネット依存と言えるだろう。

もし夫がいなくて、毎日の「もう寝なさい」がなければ

あっという間に寝不足等の症状になったと思う。

 

そしてこの間、軽躁状態だったのも

良くないといえば良くない。

24時間では足りない感じ。

睡眠時間なんていらないから

楽しい事やりたい事をしていたい状態だった。

今は少し落ち着いている。

 

あるいはもう躁は終了なのかもしれない

ルーティンの家事の他の

ずっとやりたいと思ってた家の事

断捨離や模様替えなどを

やり尽くしたのも大きいだろう。

 

家の中はほぼ片付き、清潔に保たれている。

「ここがこうだったらいいのに」と思ってた部分が

思い通りになってるのは

やはり最高に気分が良く、満足の極みだ!

 

 

 

 

タイトル

REBECCA : OLIVE

TVも冷蔵庫も新聞もこないかわりに門限もないわ
自由ってこんなものね

 

 

た・だ・し!

専業主婦に稼ぎはない。

いくら1日中せっせと家事をこなしたとしても

誰にも一円ももらえない。

これは結構、深刻な問題だ。

今はまだいいけど

この先、貯金(ヘソクリ?)が減ってくればなおさらで

ウツ状態になったら更にヤバイ

 

今までのバイト代の半分でいいから

なにか収入を得る方法はないかしら?

 

もう少し暖かくなるまで

この自由を満喫したら

また何か別の道が見えてくるといいな。

生きてるかぎり

時間の流れと共に状況は変わる。

それが人生だ!d(゚ε゚*)

 

 

 

どんなに道がなくても 歩いてゆこう

インフルに打ち勝って

やっと本日、お散歩に行けました(*´꒳`*)

 

イヌはね、ご飯とお散歩だけが楽しみなの。

そして人間より時間の進み方が早い。

だから一節によると

1日お散歩行かないと3日くらい行かない感じ。

3日家から出ないと1週間くらい引きこもる感じらしい。

 

私はおウチ大好きだから

1週間だろうと1ヶ月だろうと平気だけど

オーちゃんは違うよね。

オーちゃんはお散歩大好きだもんね。

 

昨日の雨も今日は上がって

あったかいお日様と青い空が覗いたお昼過ぎ

待望のお散歩に出かけたオーちゃんは

すっげー嬉しそうだった!

いつもの撮影ポイントで

眩しそうに空を見ていたよ。

 

今はお天気さえ良ければこうして

ほぼ毎日お散歩できるけど

ウツに入っちゃうとそうはいかない。

どうしてもどうしても起き上がれなかったり

バイトを最優先にして

お散歩を諦めてもらったりしてた。

申し訳ないけど、本当にどうしようもない。

 

本来なら私はイヌを飼う資格なんかないと思う。

自分さえコントロールできない癖に。

だけど、どうしても私には必要。

この子達が必要。

何の疑いもなく真っ直ぐに見返すまぁるい目は宝物だ。

そぉっと側に寄り添ってくる体温も。

悩みのなさそうな寝顔も。

だから私にとって

オーちゃんとのお散歩はかなり大事な日課だ。

メンタルと体調が許す限り、だけど。

 

 

「生きてる意味なんて、日々の暮らしの中では考えてる余裕なんてない」

健常な友達がいつか言ってた。

それはとても真っ当な意見で、そうだよなって思うしかないけど

私はそれでも日々、それを考えてしまう。

そんな事考えてしまうのは、頭が病気だからか

それとも私がただの厨二病だからか?

それはわからないけど、やっぱり私にとっては

意味は必要で、それは間違いなくこの子達だ。

 

イヌやネコの為に生きてるなんてバカみたいだし、嘘だよね。

って、思われるかもしれないけど

そうゆう人間もいる。

私にはそうとしか言えない。

 

精神疾患でもそうでなくても

死ぬ事を選んだり、死にかけたり、死に損なったりした事のある人は

そのあともきっと

今自分がここに生きてる意味を考えてしまうんじゃないかな?

その答えが見つからないと不安だもの。

私だけかな?

 

私にはたまたま動物だった。

ペットという家族だった。

これは結構普通な事みたいにも思えるんだけどな。

 

だからなんだっていいと思う。

恋人でも友達でも、音楽やスポーツ、BLだって地下アイドルだって

なんでもいいから

このために生きてる、これがあるから生きていられる

これが自分の生きる意味だってものが

誰にだってきっとあると私は思う。

生きる意味は

日々の暮らしの中に忙殺されてしまうようなものじゃないと思う。

 

今、それがなくて全くの「無」だと思う人がいたら

見つかるまでとりあえず生きてみればって言いたい。

とりあえず、今日。とりあえず、今日。

その繰り返しだっていいと思う。

それでもやっぱり、その人の何かは

そのうち絶対に見つかるものだと、私は思う。

 

やっぱ厨二病かしら…

こんな事真剣に考える頭は恥ずかしい頭なのかしら?

 

 

 

 

タイトル

KinKi Kids : 青の時代

 

どんなに道がなくても 歩いてゆこう

 

 

ところで。

意味なんてなくても

そんな事ウジウジ考えなくても

毎朝、起きた時わくわくしてるような

体が命だ!的な人もいるよね。

そうゆう人には

なったことがないからわからないけど

それはそれで、素敵な事だなーと思います。

ちょっとオーちゃん達みたい。

ただ、生きてる。

その姿もまた尊いものです。

 

 

 

 

 

 

 

立ち上がれ 気高く舞え 天命(さだめ)を受けた戦士よ

みんな自分の毎日を一生懸命生きてるなぁ。

 

高熱で(@ ̄ρ ̄@)ボーとなった意識の元で

かろうじてスマホを握り

TLをスルスルと眺めながら

ぼんやり思った次第です。

 

日々の営みを淡々とこなすことで自分のリズムを保つ人。

つまずきながらも、前を向いて歩く人。

今の場所から這い出る事を模索してもがいてる人。

八方塞がりに見える中でも、何かを変えたいと願う人。

ただただ今の現状に不安を感じて呟かずにはいられない人。

 

当たり前だけど、みんな自分の事で精一杯だ。

現在の置かれてる状況、心理状態なんかが悪い人ほど

自分の事しか見えなくなるからだろう。

と言っても、そもそもTwitterなんて

誰かの為に呟くわけじゃないのだから

もちろんそれでいいのだけど。

 

私は今、軽操状態で自分の精神が安定してるから

こんな偉そうに、分析みたいな事考えちゃうのもわかってる。

逆に言うと、自分しか見えてないように見える人ほど

なにかしら追い詰められてる状況なんだろうなぁ。と思う。

 

あと、攻撃的なツイ、乱暴だったり感情的な言葉も

本人は気がついてないかも知れないけど、あぁ、辛いんだなぁ…と思う。

ホント偉そうで申し訳ないけど、熱に浮かされた思考なのでご勘弁いただきたい。

 

なんでこんなこと思うかって、自分がそうだから。

激ウツだったり、何か上手くいかない状態の時は

どいつもこいつも気に入らねーってなる。

誰を見ても自分よりマシなくせにって思う。

その人の辛さより自分の辛さの方が勝ってるように感じる。

そこで何か否定的な事を言われたりした日には

悔しさと憤りで沸騰した感情が頭の天辺から突き抜けそうになる。

自己中に拍車がかかり、まさにキングオブナルシスト状態。

それはとても恥ずかしい事だと認識しているのに。

こうしてブログやTwitterのように

後に残るものに記しているから尚更だ。

地の果てまで走って逃げたくなる恥ずかしさだ。

 

だからその痛々しさは簡単に自分と重なって来るので

そのようなツイを見ると

本当に心臓をギュッと捕まれるような気がする。

そして、変な感想かもしれないけど

どんな状態であってもその人なりにちゃんと生きてることが嬉しい。

 

どんなネガティブツイをしたって

スマホを手にして何か呟けるのは生きてる証しだ。

私が今、半分死にかけながらも

ちゃんと文字が打ててるように←ヾ(・д・`;) チガウヨ

 

そもそも人って、隣の芝生が青く見えるものだよね。

私も見る人が見れば、優しい夫がいて、可愛いイヌとネコがいて

ハードな仕事もせずに(てか、殆んど何もせずに)

ウツだの躁だの、辛いの苦しいのって騒いで

なんて贅沢でわがままで、ムカツク女だろうって思う人はたくさんいると思う。

人は自分に無いもの、自分の欲するものを持つ人を羨む生き物だから。

それは同じ精神疾患の人同士でも同じだと思う。

同じ病気だからって

置かれた環境や、その人の苦しみは千差万別だもの。

 

こんな誰でも知ってる当たり前の事も見えなくなってしまう。

それがちょっと怖いなぁと思いました。

 

 

 

 

タイトル

JAM Project : 未来への咆哮

立ち上がれ 気高く舞え 天命(さだめ)を受けた戦士よ

 

 

インフル3日目に入りまして

若干ですが回復の兆しが見えてきました。

いやぁ、久しぶりのインフルちゃんでしたけど

マジやばいね、これ。

全身痛いわ、フラフラするわ、寒いわ、暑いわ!

心を蝕む病は確かに怖い。

だけど体に襲いかかる病も…侮れませんなっ

 

そんな中でも、24時間眠ってはいられぬもので

湯たんぽ入れたベッドに横たわりながらも

スマホ片手にタイムラインをツルツル眺めたりはしてて

思った事を片っ端からメモしておりました。

それをコピペして貼っつけただけの記事で

殆ど修正もしておりませんが

まぁ、これはこれで。

病の床にあるらしくて(?)いいのかもしれない( ˘ーωー˘ )

 

タイトルですが

私は結構なアニメ好きでして

アニメのカテゴリの一環としてエロゲーもやります!

ごく一部のストーリー性のあるものに限りますがね。

この曲は『マブラヴ オルタネイティヴ』というゲームのOPです。

めちゃくちゃカッチョいい曲なので

ご興味のある方はチョロッとググってみてくださいな(*´꒳`*)

JAM Project は最近では「勇者ヨシヒコ」の主題歌もやってましたヨ!

 

 

黒い服は死者に祈る時にだけ着るの

 

タコレ!

タコレ!

これぞメンヘルブログの決定版!みたいな感じw

絶賛、躁転中の状態で

重ーーーい話を

軽ーーーく書いてみました(*´꒳`*)

テケテンテンテン…

 

 

希死念慮、というものについて考える機会は

たぶん、多いのだろうと思う。

自分が今そうじゃなくても

やっぱり、そこそこ、考えてしまう。

 

希死念慮、死にたいと思う気持ち。

きし‐ねんりょ【希死念慮

死にたいと願うこと。
[補説]自殺願望と同義ともされるが、疾病や人間関係などの解決しがたい問題から逃れるために死を選択しようとする状態を「自殺願望」、具体的な理由はないが漠然と死を願う状態を「希死念慮」と使い分けることがある。

これ、コトバンクから拾ってきたんだけど。

これを読む限り、私が主に心に浮かべるのは「自殺願望」ということになる。

死にたい、というより消えたい。

死にたいくらい辛い、死んだら楽になる、死んだほうがマシ。

という気持ちにはなった事がある。

しかし、死んではいけない、死を選んではいけない理由を知っている。

家族や友人など、残されるであろう人達の気持ちを考えるとか

死ぬ事で生じる様々な迷惑とか、当たり前の常識をちゃんと頭でわかっているから

だから死なない。

実際には実行しない。

死ねない事がわかっているから死にたいと思う。

 

私はあの時

死んではいけない理由がなかったから死にたいとは言わずに死ぬ事にしたんだけど

正しくは、いけない理由を思い浮かべる事ができなかったから、だと思う。

私がこの世からいなくなっても

悲しむ人も困る人もいないと思ったし、

世界は何も変わりなく回るとそう思ってた。

まさしく病気に脳が支配されてたって事だとも言えるし

きっと誰もが陥る深い穴にすっぽり落ちてたからとも言える。

それは違う、間違ってる。

私なんかでも死んだら困る人もいるかも?と気がついた今でも

やっぱり激ウツの時なんかは、うっすら思う。

あぁ~こんな息するもの面倒臭いなら止まっちゃえばいいのに。

そしたら楽なのになぁ…って思う。

実際には楽ではなくて、結構大変だったんだけど

そんな事は都合よく忘れて、「今」から逃げる為に

もう終わりにしたいと祈ってしまう。

死ねたらいいのになぁって夢のように思う。

眠って二度と目覚めない事を願う。

 

因みに、頭が比較的まともに働いているときでも

死にたくないのに死んでしまう人もいるのに!とか

人はただ生きる事に意味があり自ら死を選んではいけない!とか

そーいった部類の事柄は全く考えない。

全然興味ない。

そんな綺麗事というか、例え真実だとしても、私には関係ない。

 

いずれにしても「コトバンク」さんの引用を鵜呑みにするならば

私が思い描くのは「自殺願望」の方だろうと思う。

理由もなく漠然と死を願うなんて事は多分一度もない。

理由はいつだって明確にある。

願う理由も、それを阻止する理由も。

 

であれば

希死念慮」とは本当に恐ろしいね。

だって理由がないんだよ?

ホントかな?

ただ漠然と死を願うって、どうゆう事なんだろ?

 

twitterやいろんな人のブログなんかで

よく目にしてしまう「死にたい」は

どっちなんだろう?

全部面倒臭い、全部終わりにしたい、ってゆうのは多分

何かしらの理由があるよね。

本物の(?)希死念慮の人にはなんと声をかけたらいいんだろう。

私にはかける声はない。

ただその思いが、もわんと消える事を祈るしかない。

それ以外の何かを胸に思い起こしてくれることを願うしかない。

 

希死念慮」という単語が

精神疾患の話の時に使われる意味がわかったような気がする。

だって「健常者」、常に健やかな人は

全く理由なく死にたいなんて思わないでしょ。

正常な生き物の本能からは生まれない思考でしょ。

やっぱ何かしらの疾患、病気がそう思わせるんじゃなきゃ

理解できないよ。

脳だよね。やっぱ脳がやれちゃってるって事なのかな?

怖いっす((((;´・ω・`)))

 

こういった病気じゃない、普通の(?)人がよく

希死念慮なんて誰にでもある」なんて言うけど

とんでもないね。

誰にでもあったら大変でしょ。

明らかに、病気がもたらす思考だとしか思えないよ。

 

今日私は知りました。

自分にはありがたいことに希死念慮はない。

今のところ。

 

でもホントかな?

ホントに何も理由がないのかな?←しつこい‪Σ(-∀-;)

 

 

 

 

タイトル

宇多田ヒカル : COLORS 

黒い服は死者に祈る時にだけ着るの

 

 

それでもどうしても今でも思ってしまう事がある。

「人は、人の死を乗り越えられる」

私はそう考えてるので

それは自分の経験から得た思いなので

確固たる確信があって、ヤバイ時はある。

だって抑止力がないって事だもの。

もしも「人」に対しての思いが、死を思いとどまらせるとしたら

私は今後、うっかりと

大丈夫、みんな時間が経てば上手に忘れるからw

なーんて安心して、行動に移してしまう…

なーんて事がないように気を付けようァ,、’`,、 (◍◉౪◉◍)’`’`,、

 

やっぱり私の碇(イカリ)は子供達なのかな。

あの子達は、問答無用で

私がいないと困るもの!

どちらも私が望んで、私の子になってくれたから

最後まで一緒にいる。

星になったあの子達と同じように、最期

を見届ける。

それだけは絶対。

今はまだ、マジで死ねないっす( • ̀ω•́  )ゞ