ポーのひとりごと

双極Ⅱ型で生きるのだ!

双極Ⅱ型ブログ

昨日を許せるように 明日を愛せるように

物凄く緊張してたので、あまりにホッとして

またしてもDr.くまの前で泣いてしまった。

 

今日の診療の時だ。

一通りの状況報告とそれに対する説明が終わって

私が恐る恐る切り出した

障害者手帳と障害者年金の話。

 

「やりましょうやりましょう」

Dr.くまはあっさりと言った。

私が、

バイトに行けないとか言って

年金とかもらおうと思うなんて

ずるいというか、

楽をしたがっていると思われるかもしれない。

と思い、言いづらかった事を話すと

「そんな事はない、正当な権利だ」と言ってくれた。

 

それどころか

障害者手帳申請に必要な診断書を

次のカウンセリングの日までに用意しておけるとの事だった。

つまり、28日来週の水曜日だ。

私はそんなに早く動いてもらえると思っていなかった。

 

だけど帰りの車の中で、

夫にそう話した時の会話に相違があって

私はまたしても軽くパニクった。

今まで何回も話していたのに

夫はどうやらちゃんと聞いていなかったらしく、

『診断書』というキーワードで初めて

ん?と現実的な話として受け止めたみたいだった。

 

考えてみると

車で15分の病院に行くだけなのに

1日会社を休んでくれて

送り迎えをしてくれる優しい夫なのだけど

私は冷静に対応できなくて申し訳ない。

 

最終的にはお互い納得して

じゃあ申請に向けて動き出そう、という事になった。

 

私が夫の発言に、いちいち反応してしまうのは

Dr.くまに話す時に感じていた恐れと

全く同じ事を夫に対しても思っていたから。

「こいつズルしようとしてる」って

思われるんじゃないかって。

夫はもちろんそんな事は思っておらず

今の私の状態は

そういった類のものを申請できると医者が考えるくらいに

よろしくないのだろうと捉えていてくれる。

だけど、悪い妄想ばかりはびこる私のアタマは

どうしても余計な尾ひれをつけて

夫の言葉の裏を読もうとする。

 

それは何故かというと

私自信が、私に対して

「それはズルなんじゃねーの?」と

どこかで感じているからだろうと思う。

 

そうゆう葛藤はもうずっと前からあって

例えばこれは

今年の3月の記事だけど

やっぱり、自分の怠惰な面に対して

病気というお墨付きに対しての

後ろめたさのようなものを感じている。

辛いと感じる事や、それを訴える事が

「病気じゃない人」に対して

なんだか申し訳ない気がする。

どうしても甘えてる気がしてしまう。

だけど自分ではどうしようもなくて

自問自答している。

 

私は本当に

ずーーーっと同じ所を回っているだけだ。

ハムスターのように

まぁるい輪の中で

グルグルと走ってるだけだ。

全く情けないとしか言いようがない。

 

 

 

 

タイトル

Cocco : 星の生まれる日

昨日を許せるように
明日を愛せるように

 

 

昨日の自分を許す事は

明日の自分を愛せるという事なんだろうか?

 

明日の、自分を愛すると言う事は

昨日の自分を許すという事なのかしら?

 

まだ私には

どちらもできそうにないけど。

 

 

 

息の根止めておけば良かった なんて思うだろう あの朝に

午後、お昼寝をしていたら携帯が鳴った。

夫は隣で寝てるので誰だろうと思って見たら

オカンだった。

私はぎょっとして、慌てすぎて1回切ってしまった。

 

それから恐る恐るこちらからもう一度かけた

「なんで切るのさ!」

「もしもし」も、「久しぶり」も省略していきなり怒鳴られた。

私は長年の習性で首を縮めながら

慌てちゃって、とかなんとか、口の中でもごもご呟いた。

 

オカンはいつものように、さっさと要件を言い出した。

どうやら妹の携帯の番号がわからなくなったらしい。

電話番号とメアドを伝えると

ようやくオカンは「元気なの?」と言った。

 

うん。

元気だよ。

仲良くしてるよ。(←ちょっと嘘)

バイトもしてるよ。(←カナリ嘘)

もそもそ答えてるとオカンは満足したのか

「じゃあね」と言ったので

「オカンも体気をつけて」と電話を切ろうとした。

そしたらオカンは思い出したように

「魚、送るから。お正月の」って言った。

 

へ?魚?

私はびっくりしてなんと言っていいいか

咄嗟に思いつかず

「あぁ、ありがと」とだけしか言えなかった。

私の「ありがと」の「り」あたりで

電話は切れた。

 

ほんの5分くらいの電話。

どっと疲れてベッドに倒れふした。

 

オカンとは年に1、2回くらいしか話さない。

オカンの誕生日とお正月にこちらから電話する。

いきなり向こうからかかってくるなんて

本当にびっくりした。

 

私はいい歳をして

未だにオカンが怖い。

全然、怖い人じゃないのだけど。

ただちょっと豪快なオバチャンって感じだと思うのだけど。

 

どうしてこんな感じかというのは

またしても過去記事で手を抜いちゃうけど

こちらに書いてあるので、お暇ならどうぞ。

 

この記事は2015年8月22日のものだ。

オカンの事はこれからのカウンセリングの

テーマのひとつだ。

解決というか

私が自分で昇華しなければならない

たくさんの問題の中の1個だと思う。

 

いやー、びっくりしすぎて

パッチリ目が覚めたよ。

 

そんでお散歩行って、お買い物行って、ご飯作って。

夫が寝て、ひとりの静かな時間が来たので

今、引き出しから出してみた。

やっぱオカンは強烈だなぁ・・・

ま、元気そうで良かったっす。

 

 

 

タイトル

L’Arc~en~Ciel : Shout at the Devil

 

息の根止めておけば良かった
なんて思うだろう あの朝に

 

オカンは私が自殺未遂したって聞いて

駆けつけた時、ロープ持ってきた。

みっともなく失敗して生き残った私に

ポンとロープを投げて

「そんなに死にたかったらこれでやり直せ」

と言った。

父は自宅で首吊りをして

ある意味立派に死んだので

何ひとつまともにできなくてスイマセンね。

という惨め~な気持ちでいっぱいだった。

 

死ぬのは簡単とよくいうが

実際やってみるとこれが結構難しい。

特に、私のように

なるべく綺麗に

苦しまないで

なーんて甘く考えてると

絶対失敗するから。

死に損なったあとって

本当に本当に

惨めだから。

死ぬ以外の方向で検討しようね。

生きてくのは面倒くさいことばっかりだけどね。

なんとかなるよ。

 

君と歩きそして笑うために 全てを知ってゆく事 恐くなんてないさ

今月の28日にカウンセリングの予約を入れている。

初カウンセリングだ。

 

私はもう随分前から

カウンセリングについて検討していた。

スパッと行動できなかったのは

金額に対する効果、コスパ的な面と

単純に、他人へ自分の本当の内面を晒す事について

壊れた脳みそでツラツラ考えたり

その時の状況に応じて先送りにしたりしてきたからだ。

 

元々転院したのも

カウンセリング込みで治療できる病院へ移って

今までとは違うアプローチを試したい。

という希望からだったのだけど。

 

新しい病院に行ったら

あっさりと病名が変わった。

 

それまでずーーっと何年間も

鬱病患者』として暮らしてたのに

実は『双極性障害Ⅱ型』でした。

という事になってしまった。

 

そーだったんだ!

それまで腑に落ちなかったいくつかの点が

スポっとはまったというか

なるほどねって感じだった。

つまり私はそもそも『そーゆう人』で

たまたまいくつかの要素が重なった為に

本来の姿が『病気』というカタチで

浮き彫りになってしまった、という事なんだと思った。

 

病院を変わったあたりの私は

絶賛超絶ウツの真っ最中で

薬なしには、まさに指1本動かせないような有様だった。

そして、自分に下されていた『鬱病』という病名に対して

少なからず疑問をもっていた。

そして何より

切実に「治りたい」と思っていた。

 

その頃の気持ちを

暗ーく重ーく

ドン引きなまでに切々と語っているのが

こちらの過去記事です。

 

とにかく完璧に近いウツ状態で

身体的な症状も、これでもかってくらいあって

なのにバイトも休めない。

いや本当は、今みたいに有給使って休めば良かったのに

そんな事も思いつかず

八方塞がりでどうにもこうにもならない中で

一筋の光のように

そうだ!病院変わってカウンセリングを受けてみよう!

って思っていた。

 

 

なんだかんだで1年以上も経ってしまったけど

ようやく、予約までこぎつけました。

その間、何度かの躁転やウツ転があって

どちらもそれなりに大変で

今は、なんというか

「繰り返す」という事に対しての虚しさというか

果てしないなぁ...と感じているところです。

 

 

 

タイトル

ゆず : 飛べない鳥

君と歩きそして笑うために
全てを知ってゆく事
恐くなんてないさ

 

わからない事はもどかしいし不安だ。

だからって

発症するほどの痛みを隠している箱を開けてしまう事が

恐くないはずないじゃん。

それで本当に解決して

笑って暮らせるようになる保証なんて

どこにもないんだから。

それでもこれからも生きていくなら

やっぱり何かしなくちゃって思うから

来週行ってくる!

実は、かなり

ドキドキしてる (今から!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どんな言葉を選んでも どこか嘘っぽいんだ

人が苦手。

ネット上だとそうでもないのだけど

面と向き合っての付き合いは

実のところ怖い。

実際の対人関係は

限りなく普通にできる。

だけど物凄くエネルギーを使うので

とても疲れる。

 

それは多分

私が自意識過剰で自分の外見を気にしすぎなのだと思う。

外見だけじゃなく

どう見られてるかって気にしすぎ。

わかってる。

人は私が思うほど、そんな事気にしちゃいない。

ちゃんとわかってる。

 

夫は、ネットの世界なんて架空の世界

みたいに思ってるらしい。

キャラ設定とか、作り話だと思ってる。

オレの目で耳で確認したことじゃなきゃ信じない。

そ〜ゆう人。

 

そういった人達がいる事も知ってるけど

私はネット上で話す人の言葉をあまり疑わない。

人は面と向かってたって

嘘をつくもの。

顔も名前もわからない相手に

わざわざ嘘つく理由なんてそんなにない。

そうゆう人はなんとなくわかる。

わからないけど

まんまと騙されてるのかもしれないけど。

それは別にかまわない。

 

人の言葉なんてそもそもそうゆうモノ。

自分の捉え方ひとつで

嘘にも本当にもなる。

私はそう思ってる。

 

私の中で唯一

揺るがない本当の言葉があるとすれば

それは動物の声なき声だと思う。

本能からの、本物の真実だと思ってる。

 

 

私は今一緒に暮らしてるオーちゃんって犬の前に

同じ犬種のキャンキャン(キャンディ)って子がいた。

今は星になってる。

その子がいたから、今私はここにいるんだけど

2015年9月のYahooブログの過去記事

どうして私がそんな風に思っちゃうかって書いてます。

あ、『ラスカル』てゆうのはYahooのHN。

 

ちょっと手抜きだけど

随分長くブログ書いてて

その件については前にも書いてる、って事は

ご紹介も兼ねて

これからも少しずつ貼って行こうと思う。

 

いつもキレル文章がかけるわけじゃないしね。

 

死に損なった私をキャンキャンが生かした。

この記事を書いた当時

私はまだ転院してなくて

自分は“双極性障害”ではなくて“鬱病”だと思ってた。

だから正しいアプローチで治療すれば治ると思ってた。

でも何年も通院してるのにさっぱり良くならなくて

病院を替えようとか

同じカテゴリの人達のブログを見るとか

いろいろ模索してた時。

 

初めて同じ病気のたくさんの人と

積極的に交流した。

前向きに頑張ってる人がいる一方で

もう本当に死んじゃいそうな人もいて

自分の事みたいに痛かった。

今もそうだけど。

人の言葉は信じないと言いながら

どうしても共鳴しちゃうんだよね。

 

そして私は人なので

伝えるにはやっぱり「言葉」しかないわけで。

 

今も2015年9月当時と同じ気持ちだ。

その人を生かす誰かは

絶対にこの世界のどこかにいるし

それは人じゃなくたって全然かまわない。

そう思ってる。

 

 

 

タイトル

Mr.Children : しるし

どんな言葉を選んでも
どこか嘘っぽいんだ

 

スキルの問題と言われればそれまでだけど。

言いたい事をちゃんと伝えるのって

とってもとっても

難しい。

 

 

 

 

小さなこの部屋は 息が続かなくなるの


今年の初めに
1年の抱負として10個の目標を掲げた。

 

1日の大半を過ごすPCの前の壁に貼ってある。

 

完璧にクリアしたのは4個。
だいたいクリアしたのは2個
全然できてないのが4個。

パッとしない…

 

敗北した項目と要因

① MOSのエキスパートを取得する。
  →はっきり言って不要な資格だよね。
   やる気にならないよね。
   殆ど趣味みたいな資格取得にお金勿体無いよね。

② バイトを休まず行く。
  →この病気が寛解しない限り無理でしょ。
   この項目考えた時若干躁転気味だったしな…

③ お風呂に毎日入る。
  →なんでかねー。
   入ると気持ちいいんだけどね。
   臭いよね。

④ 夫に優しくする。
  →優しくしたいという気持ちを
   粉々に打ち砕くような事言うんだよねー。
   てか、いちいちカチンとくるんだよねー。
   ちょっと優しくすると調子こくんだよねーーー!


てな感じの1年でした。
ちゃんちゃん(๑˃́ꇴ˂̀๑)

 

そろそろ来年の抱負を考える季節ですな。
むぅ (*`σェ´*)
どうすっかなー。

 

今年だいたいクリアの項目の中に
「痩せる」というものがある。
要するに「ちょっと痩せました」という事だ。

これは来年も継続していこう。
何が何でも、薬で爆発的に増えた20㌔を戻さなければならない。
あっという間に肥え太ったのに
戻るのには時間がかかるのね。
もう…5年くらい経ってる。
そして更に残念なことに
戻るといっても、なんつーか…
しぼんでく感じ?
しおれてくってゆーか…
それでも元の体重に戻りたい!
来年も頑張る(๑˃̵ᴗ˂̵)و

 

お風呂は入れるようになりたい。
これは切実。
バイトよりお風呂だね。
夏場はまだシャワーだけってのもアリだったから
マシだったよ。
今は寒いじゃん。
シャワー寒いっしょ!
そうすっとやっぱお湯ためて入るっしょ。
お湯入れるところからスタートで
出て着替えるまでを1行程として
それが果てしなくハードル高いんだよなー

パンツは取り替えてますよ!
安心してください!
(・◡ु‹ ) ✧*テヘペロ

 

MOSはー
まぁ、気が向いたらでいいや。
てか、いつでも取れそうだしっ!

 

問題は(どれも問題だが…)
「夫に優しく」って項目なんですよ。
実に、実に難しい問題です。


……
………
来年はひとつ、別の抱負を考えましょうか(๑✧∀✧๑)

 

 

 

タイトル
aiko : 悪口

小さなこの部屋は
息が続かなくなるの

 

なんといっても自分の家が大好きで
可能ならば1週間でも1ヶ月でもそれ以上でも
引きこもっていられるのだけど

 

独りならなっ( ・᷄ὢ・᷅ )

 

別に夫が嫌いなわけじゃなくて(←当たり前)
彼…

 


ウザキャラなんだもんっ

 

同じ月が照らしている 君と僕の違う人生

3日目。

別に毎日更新しなくてもいいとは思うんだけどね。

 

良い天気だったなぁ。

冬の晴れた日は大好き。

朝も昼も夜も。

 

9時に起きて

洗濯機を回しながら朝ご飯を食べて。

ONEPIECE3月のライオンも見て。

のんびり掃除機かけてトイレ掃除して。

リライト原稿の続きを少し書いたり

ネットでお買い物したり

午後はオーちゃんとお散歩。

理想的な日曜日だ。

 

今の私には何曜日だろうと同じなんだけどね。

 

夫が帰宅してから一緒に近所の銭湯に行った。

家のお風呂には入れないのに

お出かけのお風呂はどうして平気なんだろう。

ウチは普通の銭湯もスーパー銭湯もわりとよく行く。

私が普段お風呂に入れないから。

これはアレかしら。

私の中ではもう「お風呂」ってイベント的な?

日常の仲間ではないって事かしら?

 

毎日

朝おきて、メイクして、電車に乗って会社行って

帰ってきてご飯食べたりお風呂に入ったり

普通に当たり前だった頃が、私にもあったなんて

もはや信じられない。

夢みたい。

それはもう戻ってこない別の私の日常みたいだ。

 

私はもう「こちら側」の人間になってしまった。

最近はそう感じている。

それが良いとか悪いとかじゃなくて

悲しいとかでもなくて

ただ、静かに思ってる。

 

今日の穏やかな1日は

朝晩のお薬や、バイトをずっと休んでる事や

今何も差し迫った困った事やすごく辛い事がなくて

逃げる事、遠くに身を置く事を許されてるからで。

この先何かあるたびに

それがどんなに小さな石でも

私はきっとまた、つまずいてしまうんだろうと思う。

普通の人が気づきもしないような小さな石でも。


こんな私を背負って歩かなきゃいけない夫は

大変だなぁ。

その秘密は夫だけのもので

例えば私がニヤっと笑って

「やっぱ愛だね」とか言っても

そうとは限らない事も知ってるけどね。

 

色んな人の色んな日曜日があったんだろうな。

今すごく辛くて、毎日心が真っ青な人は

全然穏やかでも平和でもない日曜日かもしれない。

お天気なんてどんなに良くたって

全然関係ない、意味ないんだろうな。

 

それは知ってる場所なので

すごいよくわかる。

痛いくらいわかる。

早くそこから抜け出せるといい。

その暗い場所にいると

自分の事だけしか見えないからね。

 

誰にも助けて貰えないんだよ。

こっちだよ、と教えてくれる声にちゃんと耳を傾けて

光の射す方へ自分で進まないと。

 

またあそこへ落ちるのは嫌だなぁ。

 

でも長くこの病気と付き合ってると

どの辺に怪しい穴があいてるかわかるんだよな。

危ない匂いがするもの。

装備も大事。

もちろん「やくそう」も超大事!

大丈夫。

ちゃんと自分を自分で守れるようになるよ。

差し出される手を上手に掴めるようになるから。

 

とはいえ、

今の私は穴の淵のギリギリを

ドキドキしながら歩いてる感じ。

落ちないように用心しながら歩いてる。

 

そしてやっぱり「こっち側」から向こうへは行けない。

 

 

 

タイトル

GLAY : Freeze My Love

同じ月が照らしている
君と僕の違う人生

 

 

銭湯へ行く前にセブンに寄った。

夫だけ買い物しに中へ入って

私は外で待ってた。

お風呂セットのバッグ持って

ハンテン着て。

 

そしたらバッタリとバイト先の人に会った。

その人は普通のオバチャンなんだけど

私を見て「あ~久しぶりぃ」と言って

とても自然にギューってしてくれた。

 

私は心の中で密かに

お風呂入ってないから臭いんじゃね?と怯えながら

なんかくすぐったくて泣きそうだった。

 

あー。

お風呂の帰りに会ったんだったら

もっと良かったのにな。

チェッ。

 

 

 

 

 

 

誰かはあきらめることが楽だと言った 「正反対さ」と心で思った

ブログやSNSはHNを使うし、まー普通は誰だかわからない。

それでもどうしても誰にも言えない事がある。

 

これは以前から思ってるのだけど

私の病気の発症とか回復とかにこの『誰にも言えない事』ってのが

絶対的に決定的に関わりがあると思う。

 

顔や名前を伏せても言えない話。

それを誰かに言って肯定して欲しいのか。

あなたは悪くないと誰かに言って欲しいのか。

それとも単に吐き出せば楽になるのか。

それはわからないけど。

 

何年経っても拭い去れない真っ黒でドロリとした感情。

普段は必死で蓋をして忘れた振りしてる事が

実は重要な鍵なような気がしてる。

 

カウンセリングでその事を話したい。

詳細な内容じゃなくて、この私の予感は正しいかどうかを聞きたい。

そんな事は関係なくて

勝手に胸にしまっておくなり時々湧き出して悶絶するなりしていても

関係ないと言われるならそれでもいい。

 

状態が良い時は思い出さないし、こんな事考えない。

躁転時にしろウツ時にしろ悪くなると

忘れていたこれらの事を思い出して、いい加減決着をつけなくちゃと思う。

何かしらの答えを手にしないと

私はいつまでたっても何年たっても同じ事の繰り返しだ。

 

双極性障害なんだから繰り返すのが当たり前なのかもしれないけど。

例え何をしたって、私は死ぬまでこうして

同じ思考の中でグルグルと回っているだけなのかも知れないけど。

 

自分の状態がわからない。

良くないのはわかるけど、どこがどれくらい悪いのかわからない。

 

いつも息が苦しい。喉が詰まってて上手く空気が入ってこない感じ。

体が重い。手足が重い。

何かをちょっと集中してやると頭痛がする。

それなのに何かしなくちゃって思う。

今のうちに、バイトを休んでいられるうちにって思う。

そんな事しないで考えないでただ休むべきだとわかってるのに。

 

 

それでも今日の午前中は本当に何もしないで転がって過ごした。

あっという間にお昼が過ぎて、せめてもという感じでお散歩に出かけた。

静かな公園をオーちゃんとお散歩するのは気持ちがいい。

冬の空気も空の色もすごく好きだ。

 

それで逆に気分が良くなって

帰ってきてから登録してあるクラウドソーシングのサイトを覗いた。

簡単なライティング、ブログ記事をいくつか書いた。

1500文字~2000文字くらいの文章を書くだけなんだけど

調子がいいとサクサク書ける。

今日は集中力不足でだいぶ苦戦した。

筆が(キーボードが)止まるというか、パタっと次が出なくなって

家の中を行ったり来たりして、冷蔵庫を開けたり閉めたり。

あと、ネーミングを初めてやってみた。

屋号のネーミングを考えるってやつ。

結構面白くて10個くらい考えたけど

他の人がどうゆうのを出しているのかわからないし

普通はどうゆう感じなのかもわからなくて全く手探り。

採用は…されないだろうねぇ。

されたらビックリだよね。

万単位の報酬の提案が30分くらいの思考であっさり決まったら

逆に怖いよ((((;´・ω・`)))

頭が痛くなってきて「あ、自分のブログ書いてねーや」と思いだした。

 

もうすぐ9時ですが

8時には帰宅するとLINEしてきた夫はまだ帰らず。

ま、いつもの事ですがねー。

 

はてなブログは文字数カウンターが付いてるんだね。

ちなみにここまで1300文字くらい。

10分くらいで書いてる。

いや、これは自分のブログでただ書き散らしてるだけだからさ。

指定キーワードとかも構成とかもないから当たり前かー。

ゲロゲロ

 

 

 

 

タイトル

SADS : 忘却の空

誰かはあきらめることが楽だと言った
「正反対さ」と心で思った

 

 

歳をとって自分がすごーーく

あきらめ上手になったと思う。

あきらめられないような執着する物事が

だんだん無くなってきたって事かな。

それもなんか虚しいっすねー