ポーのひとりごと

双極Ⅱ型で生きるのだ!

双極Ⅱ型ブログ

泣けない弱い心も 泣かない強さもいらない

そりゃあもう、恥ずかしい程の大泣きですわ。

 

今日は初めてのカウンセリングだった。

なにしろ初めてなもので、行儀作法もなにもわからない。

真っ白な状態で、さぁ始めましょうって感じ。

 

カウンセラーは転院の際にも、予備診療?だったかで

今までの経過やら現状やらをお話した…お姉さん。

うん、すごく、若い子ちゃんなんだよね。

もう、なんつーか、普通の清楚なお嬢さん。

いんだよ。別に幾つだってさ。

若い子はダメとか信用できないとかじゃないと思うし。

じゃあ、瀬戸内寂聴みたいならいいのか?って事でもないしさ。

 

ただね、照れるんだよね。

これから自分の内面の事を、誰にも夫にも言ってないような事を

ペラペラと話す相手として。

でも、開き直った。

裸族の村に来たからには裸になるっ!みたいな感じだ。

ここはそうゆう場所なんだから。

その為のお金もお支払いしてるんだから。

だいいち、私はもうずっと

相手が何歳だろうとわからないネットの世界で

散々自分の事を話してるじゃないか!

そう言い聞かせて…

喋り始めたら止まらなくなった。

 

最初は、向こうが何かこれについて、とか

これから伺いましょう、とか言うのかと思って

神妙な顔して黙っていたのだけど

どうやら話をするのが私。

聞くのが彼女。って事らしい。

 

で、漠然とながら私なりに思ってた事を

トツトツと語りだして

自然に今日のテーマ=オカン

みたくなって、

まぁ、私がこのブログ(過去記事(使い回し))で書いてきたような事を

話始めたんだけど。

 

私は今まで

書く事が自分の中の雑然とした思いを整理するのに

必要だし、適していると思っていた。

喋るのも苦手だし、書く方が楽でしかも的確だと。

でも、声に出して相手に向かって喋るのって

また別の効果があると気づいた。

つーか、私そもそも、そんな友達とか話す相手いないじゃん。

そーゆう事なんだと気づいた。

 

話をしていて不思議な現象が起こった。

今まで思いもよらなかったような見解に達した。

 

私はこの病気の発端というか理由のひとつに

オカンに対する自分の気持ちと

私に対するオカンの気持ちがあって

そのどちらもが私をずっと苦しめているのだと

そう捉えていた。

 

だけど、もしかしたら違うのかもしれない。

違う答えもあるのかもしれない。

 

本当に悪いオカンだったなら、責めても許されるが、

実はそうじゃなくて、

被害妄想的な立場でしかオカンを見てこなかった私こそが間違ってて、

オカンは最初からごく普通の、どこにでもいる母親だったとしたら、

私はどこにも責める理由がなくなる。

私は満たされなかった思いの持って行き場がなくなってしまう。

それが苦しいのかもしれない。


いつまでも、こんな歳になっても、しこりのように感じてしまうのは、

自分自身の中の葛藤なのかもしれない。

自分を正当化する唯一の切符を

自ら手放すことを恐れているのかもしれない。

 

ビービー泣いて、鼻をかんで、

つっかえつっかえ話していくうちに

私は私の口で、そう、確かに言っていた。

 

それを口にすることが、ここに来た意味だと思った。

 

でも実際のところ、普通なら相当恥ずかしい。

誰かが泣ける話をしてくれるわけじゃなくて、

自分で話をしてて、自分で泣くなんて

なんて超恥ずかしい事だろう!

ただのゲスナルシー野郎だ

 

自分を憐れむ行為は恥ずかしい事だ。

村上春樹も言っている。

それでも、その行為が浄化作用をもたらしたのだと思う。

 

確かに私は、私の背負ってる多すぎる荷物をひとつ手放すことができた。

手放す方法をひとつ見つけたのかもしれない。

 

話すってキモチイよ(๑・㉨・๑)

 

 

 

タイトル

浜崎あゆみ : HANABI

 

泣けない弱い心も 

泣かない強さもいらない

 

私は実のところ

素直に(?) 泣く女だ。

泣く時は理由がなんだろうが

相手が誰だろうが

場所がどこだろうが

割と結構泣く。

 

ただ

こんなに自分の為だけに泣いた事ってないよねー。

キモイよ(๑・㉨・๑)